ファンデーションの悩みどころ

◇ASf大学でも生物系や医学系の間に垣根があるので、細分化された領域研究を医学をキーワードに横に統括し、病院につなげる機構として考えた。 CMGMやBセンターでは、患者の治療よりも理学博士号を持つ研究者が中心になって研究しているところに、医学博士号取得者が研究のトレーニングに行くわけです。
医学博士と理学博士が対等に参加して、分子生物学という新しい道具をどう使いこなすか学ぶわけです。 P・bによれば、1999年にはさらに新しくクリニカル・リサーチセンター(臨床研究センター)ができます。
これは医学を中心に据えて、臨床医が研究をするところだと考えている。 ですから、K先生の構想により近いものです。
次のシステムは、お医者さん自身がそこで分子生物学の道具を使って病気の研究をするわけです。 同時に病院の臨床部門はCl大学Sc校と合併してUSHCという会社組織による合同管理にし、いかに診療で点数を上げて、どれだけ病院に利益を還元したかによって評価する。

◇Y運営上ビジネス的発想も必要になってくる。 ある程度の利益があってはじめて、運営の独自性も確保でき、それが研究の面でもよい循環をもたらすことになりますからね。
◇Aそれで大学病院での研究の側面はなくして、新しいクリニヵル・リサーチセンターをつくり、臨床研究をするわけです。 このように研究面ではBセンターと協力して、臨床では病院と協力する。
そういう構造を彼らは考えました。 ◇NBセンターがあったからつくることができるんですね。
高齢化社会に向けた真の配慮を◇AHyさん(Ci大学文学部助教授)は、M大学の学者の言葉を引きながら「先端的な医療には金がかかる」と書いています。 以前は自然治癒力に任せていたので、医療にはあまり金がかからなかった。
しかし現代は生命を長らえるケアをするから非常に金がかかる。 高度な技術を使って一生懸命に生かしているわけです。
でもそれは生命の原理に基づいて、それを使いこなして治療を行うまで研究がまだ進んでいないためである。 もっと研究が進めば、生命原理に基づく治療法が開発され医療にあまり金がかからなくなり、自然に生きるのをサポートすればいい。
資金の投入とその効果は、釣鐘状でいまはいちばんピークに近いところにある。 もっと医学が進むとずっと安くなる。
それを信じて社会が先端医療にもっとお金を使うか、それとも金がかかるから引いてしまうかの分かれ目にきている。 アメリカでもいまは引く方向に行っている中で、私的企業と公的部門の役割をグローバルな哲学に立ってまとめています。

そのへん、K先生はどう思われます?。 ◇K私が最近行ってきたアメリカのナショナル・アカデミーのシンポジウムでは、人間のライフサイクルを大きなテーマとして掲げ、「人間と死」、人間は必ず死ぬんだというところから論議したんです。
これだけ老齢化社会になってくると、社会としてはいったい何をしたらいいのかというのはすごく大事なことだと思うんです。 いま、年を取っている人がみんなしょぼんとしていますよね。
年を取っているというのは、それだけ人生の先輩ですから、もう少し威張っていたほうがいいのではないか。 「私は年を取っているんです」と誇りを持つぐらいがいいのではないか。
それと人間は必ず死ぬのだから、どうやって死にたいかということをもう少し意識したほうがいいのではないでしょうか。 自分の人生は自分で決めるという自己の意思決定ですね。
アメリカでは最近「アドバンス・ディレクティブ」というのがあって、自分が病気でこういうふうな状態、たとえば植物人間になったらどうしてほしいかということをちゃんと書いておくんです。 そして、そのようになったときに入院させて、それに反することをやると医者も訴えられるんです。
◇Y患者さんが自分で書くわけですか。 ◇Kはい。
弁護士もサインしているので、それに反する医療行為をすると医者は訴えられる。 ターミナル(末期)になったら何もしないでくれと言ったら何もしない。
したら訴えられる。 だから自分の命はどうしたらいいかということを自分自身で考えておかなければいけない。
◇N往生のきわみは自分で決めていかなければいけない。 そうしないとどこまでやっていいかわからない。
いまは心臓はいくらでも動かせますから。 ◇Kだから、年を取れば取るほど自分に誇りを持って、自分の最後のあり方も考える。

◇N要するに尊厳死ですね。 尊厳死は自分で決めろと。
◇Kいまの日本では生産しているか消費している人以外は社会的に価値がないというふうに思われているところがあるでしょう。 そこにも問題があるんです。
世界保健機関(WHO)の健康の定義にこうあります。 「社会に何らかの貢献をすることが健康の条件」であると。
これが大事です。 社会から恩恵だけこうむるのでは健康とはいえない。
日本はそうした認識がまったく希薄もう1つ、厚生省が老人保健施設をつくるのはいいんですが、幼稚園とか小学校とか若い人がいるところの横につくってほしいんです。 若い人や子供の声が聞こえているのはものすごく大事ですね。
で、お昼なんて幼稚園と一緒にしてくれたらいい。 高齢化問題を医療と福祉が全部担うというのも変な話で、社会全体がどういう社会にしていきたいのかを示すことが大事だと思います。
行政官もそうですが、老齢化社会、年寄りのことをいろいろ考えますが、考えている人は老人になった経験がないんです。 老人になったことがない人が経験もないのに老人の問題を考えてもいいものが出てこない。
そのへんにも問題があります。 ◇Kこれからは5つのM、「マーケット、マネージメント、モレキュラー・バイオロジー、マイクロチップ、モラル」が医療を決めていくわけですと、会員が7万人もいる内科学会の会頭講演(平成8年4月)で私は言ったんです。

マーケットにドライブされて、国民はどういうお医者さん、どんな医療システムを欲しているのかという話で、医療政策についても、それはどういう根拠に基づいてやっているのかという情報が公開されなければいけない。 ◇Aそういうことを考え合わせると、どういうものが選択できるのかを社会が提供し、患者が選び、それを医者はプロフェッショナルにコンサルトする。
そういう情報の流れが重要だというのは非常によくわかります。 ◇Yほしいと思えば情報が集まる。
たとえばこれからは医師も薬剤の安全性や有効性以外に、医療技術を選択するにあたって薬剤の経済性の理解がかなり必要になってきますね。 日本の医師はそういったところまで関心がないというか、まだそういったデータベースが確立されていないのです。
◇Yもっとグローバルな視野で専門領域を超えてものごとを見て発言しなければいけない。 それと医師の卒後教育の問題もあるかと思いますが。
◇Kその必要があると思います。 それは本当は医師会の仕事であり、学会の仕事だと思います。
でも、システマティックに全体の質をよくするための努力をしようとか、そのためのリーダ−シップをどうするかということになると、「おれは関係ないや」となってしまう。

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